ラオス

村上春樹がメコン川の畔で見たものは
静かなルアンパバーンの日常風景

『ラオスにいったい何があるというんですか?』そんな少し挑発的なタイトルの紀行文集が書店に平積みされたのは2015年11月。たちまち飛ぶように売れて話題となったのは作者が村上春樹という超ベストセラー作家だったからです。同書は著者が日本航空の機内誌『AGORA』に寄稿した紀行文を中心に国内外10カ所を紹介した作品で、その中にはニューヨークやギリシャのミコノス島、イタリアのトスカナなども含まれています。日本における知名度からすれば敢えてラオスというマイナーな旅先をタイトルに持ってくる必要はなかったはずですが、そこに巧妙な仕掛けがあるのです。

紹介書籍:村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』文藝春秋、2015年



 世界見聞LOG 

Ancient city by the mystic river / Haruki Murakami
大いなるメコン河の畔で


『AGORAアゴラ』日本航空株式会社、2014年 10月号

隣国タイを旅する日本人が年間に140万人近く存在するのに対してラオスへの渡航者数は4万人強というから約30分の1。(※2015年データ)そんなラオスが大抜擢?される形で書籍タイトルになったわけですが、1年前の『AGORA』誌上の記事タイトルは「大いなるメコン川の畔で」でした。著者がラオス行きの途上で立ち寄ったベトナムの首都ハノイで「どうしてまたラオスなんかに行くんですか?」と不審な顔で尋ねられたというエピソードから紀行文は始まります。旅が本来持っている「訪れる先に何があるのか?」という問い掛けを冒頭で再確認するところからストーリーが始まり、筆者の様々な体験を経て最後に答が明かされるはず…という仕掛けが書籍化に際して全体のタイトルになったというわけです。


 

ラオスを貫くメコン川に同化するような
細く長いロングテール・ボード

 

世界遺産といってもルアンパバーンは小さな街なので初めて訪問する旅人が出会うシーンとルートにそう大差はないようです。村上春樹のレポートを読んで面白かったのは僕が最初に同地を訪れた際の旅そのものだったこと。その後ルアンパバーンの取材を重ねる中で次第の奥地を目指すことになったのですが記念すべき「出会いの旅」を懐かしく思い出すことができました。紀行文を追いなが幾つかの印象的なシーンを自身で撮った写真をパソコンに残った膨大なストックの中から紹介していきましょう。ルアンパバーンを世界的な観光地として有名にした早朝の托鉢風景と仏都の美しさを堪能した旅人の前に用意されるのがメコン川クルーズ。神秘的なメコン川を旅する船として紹介されるロングテール・ボードがこれ。4000kmを超える大河を行き来するうちに環境同化したかのような細長い船は独特の風情があります。


 

川辺に広がる肥沃な土地には
野生の水牛が暮らしている

 

同じ船旅でも海と違って川の旅は周囲を流れる岸辺の風景が走馬燈のように移り変わるところが魅力です。僕はこれまでにルアンパバーンからメコン川を遡上するクルーズを3度体験していますが、毎度飽きることなく景色を眺め続けました。この写真は最初にラオスを訪れた際に撮った1枚で、いきなり眼前に登場した野生の水牛の群れに驚いて思わず叫んでしまったことを覚えています。

水位が下がったせいで露出した川辺の肥沃な土地では、時を惜しむように盛んに耕作が行われ、水牛の群れがやってきて水を飲み、女たちは足を水につけて川エビを獲っていた。
(村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』文藝春秋、2015年)

村上春樹の紀行文ではこんな風に紹介されていますが「水牛」と「女たち」が並列に描かれる光景がラオスの日常なのです。


 

朝市で無造作に並べられる
グロテスクな川魚の姿

 

東南アジアで唯一の海に囲まれていない内陸国であるラオスはメコン川の恵みによって支えられています。食卓に並ぶのは「山の幸と海の幸」ではなく「山の幸と川の幸」で、ナマズやウナギなどの淡水魚がメインディッシュとなります。主食の米や野菜に関しては潤沢に採れるようで毎朝開かれる路上市場を訪れるとます目に入るのは色とりどりの野菜と果物。そんな朝市のそぞろ歩きで思わず足をとめてしまうのがグロテスクな魚の姿。村上春樹はこう記しています。

朝市にはそういう「見たいような見たくないような」ワイルドで興味深い食材がたくさん並んでいる。ある店では、串に刺したネズミだかリスみたいなものも売っていた。
(村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』文藝春秋、2015年)

 

そういえば僕も確かにネズミのようなサイズの四足動物が焼かれたものや食用の昆虫が干物のように並んでいるのを何度も見かけて驚かされました。


 

アジア奥地の美しい夕焼けを目指して
世界中から集まった旅人がプーシーの丘に登る

 

托鉢の見学から始まるルアンパバーンの1日はメコン川の向こう側に沈む夕陽を拝むことで終了します。街の真ん中に位置するプーシーの丘はサンセット観察の名所で328段の階段を登ってくる旅人が西の方角に向かって行儀よく石段に座る様が印象的でした。美しく焼けていく西の空を見ながらお喋りに興じていた旅人たちは、いよいよ地平線に太陽の下部が触れる頃になると図ったように無口になります。静かな丘の上にカメラのシャッター音だけが響く時間がしばし続いた後、メコン川対岸の山並みの向こう側に太陽がその姿を消すと同時に溜息の数々が聞こえ、どこからともなく拍手が起こります。

 

夕日を受けて黄金色に輝くその流れは、人の心を美しく慰撫する。そこには時の流れが歩を緩めたような静謐がある。
(村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』文藝春秋、2015年)

 

小さな劇場で上出来のミュージカルを堪能して幕が降りた瞬間… そんな充実感をプーシーの丘で旅人はシェアするのです。


 

夜市で買った可愛らしいぬいぐるみが
今も書斎の片隅に鎮座している

 

村上春樹の紀行文はこんな風に締めくくられます。

「ラオスにいったい何があるというのですか?」というヴェトナムの人の質問に対して僕は今のところ、まだ明確な答えを持たない。僕がラオスから持ち帰ったものといえば、ささやかな土産物のほかには、いくつかの光景だけだ。(中略)そんな風景がこの先、具体的に何かの役に立つことになるのかならないのか、それはまだわからない。結局のところたいした役には立たないまま、ただの思い出として終わってしまうのかもしれない。しかしそもそも、それが旅というものではないか。それが人生というものではないか。
(村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』文藝春秋、2015年)

 

この写真は僕がラオスの夜市で撮った1枚で少数民族の伝統的なデザインが施された動物のぬいぐるみの露店。ここで土産に購入した小さなゾウは僕の書斎の隅に今も静かに鎮座しています。初めて訪れてそののどかさに心地よく圧倒されたラオスの思い出が、今は日本で「日常」の一部に取り込まれていることを時々ゾウの鼻に触れて不思議に思うことがあります。と同時に「それが旅であり、人生である」と僕も思うのです。


 

『ラオスにいったい何があるというんですか?』

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江藤誠晃 TOMOAKI ETO : TRAVEL PLANET NAVIGATOR
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